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日语阅读:趣味の遺伝(二)

2006-05-31 15:07   来源:夏目漱石       我要纠错 | 打印 | 收藏 | | |

  ふと思いついた事がある。去年の春麻布(あざぶ)のさる町を通行したら高い練塀(ねりべい)のある広い屋敷の内で何か多人数打ち寄って遊んででもいるのか面白そうに笑う声が聞えた。余はこの時どう云う腹工合かちょっとこの邸内を覗(のぞ)いて見たくなった。全く腹工合のせいに相違ない。腹工合でなければ、そんな馬鹿気た了見の起る訳(わけ)がない。源因はとにかく、見たいものは見たいので源因のいかんに因(よ)って変化出没する訳には行かぬ。しかし今云う通り高い土塀の向う側で笑っているのだから壁に穴のあいておらぬ限りはとうてい思い通り志望を満足する事は何人(なんびと)の手際(てぎわ)でも出来かねる。とうてい見る事が叶(かな)わないと四囲の状況から宣告を下されるとなお見てやりたくなる。愚(ぐ)な話だが余は一目でも邸内を見なければ誓ってこの町を去らずと決心した。しかし案内も乞(こ)わずに人の屋敷内に這入り込むのは盗賊の仕業(しわざ)だ。と云って案内を乞うて這入るのはなおいやだ。この邸内の者共の御世話にならず、しかもわが人格を傷(きずつ)けず正々堂々と見なくては心持ちがわるい。そうするには高い山から見下(みおろ)すか、風船の上から眺(なが)めるよりほかに名案もない。しかし双方共当座の間に合うような手軽なものとは云えぬ。よし、その儀ならこっちにも覚悟がある。高等学校時代で練習した高飛の術を応用して、飛び上がった時にちょっと見てやろう。これは妙策だ、幸い人通りもなし、あったところが自分で自分が飛び上るに文句をつけられる因縁(いんねん)はない。やるべしと云うので、突然双脚に精一杯の力を込めて飛び上がった。すると熟練の結果は恐ろしい者で、かの土塀の上へ首が――首どころではない肩までが思うように出た。この機をはずすととうてい目的は達せられぬと、ちらつく両眼を無理に据(す)えて、ここぞと思うあたりを瞥見(べっけん)すると女が四人でテニスをしていた。余が飛び上がるのを相図に四人が申し合せたようにホホホと癇(かん)の高い声で笑った。おやと思ううちにどたりと元のごとく地面の上に立った。

  これは誰が聞いても滑稽(こっけい)である。冒険の主人公たる当人ですらあまり馬鹿気ているので今日(こんにち)まで何人(なんびと)にも話さなかったくらい自(みずか)ら滑稽と心得ている。しかし滑稽とか真面目(まじめ)とか云うのは相手と場合によって変化する事で、高飛びその物が滑稽とは理由のない言草(いいぐさ)である。女がテニスをしているところへこっちが飛び上がったから滑稽にもなるが、ロメオがジュリエットを見るために飛び上ったって滑稽にはならない。ロメオくらいなところでは未(ま)だ滑稽を脱せぬと云うなら余はなお一歩を進める。この凱旋(がいせん)の将軍、英名嚇々(かくかく)たる偉人を拝見するために飛び上がるのは滑稽ではあるまい。それでも滑稽か知らん? 滑稽だって構うものか。見たいものは、誰が何と云っても見たいのだ。飛び上がろう、それがいい、飛び上がるにしくなしだと、とうとうまた先例によって一蹴(いっしゅう)を試むる事に決着した。先(ま)ず帽子をとって小脇に抱(か)い込む。この前は経験が足りなかったので足が引力作用で地面へ引き着けられた勢に、買いたての中折帽(なかおれぼう)が挨拶(あいさつ)もなく宙返りをして、一間ばかり向(むこう)へ転(ころ)がった。それをから車を引いて通り掛った車夫が拾って笑いながらえへへと差し出した事を記憶している。こんどはその手は喰(く)わぬ。これなら大丈夫と帽子を確(しか)と抑えながら爪先で敷石を弾(はじ)く心持で暗に姿勢を整える。人後に落ちた仕合せには邪魔になるほど近くに人もおらぬ。しばし衰えた、歓声は盛り返す潮(うしお)の岩に砕けたようにあたり一面に湧(わ)き上がる。ここだと思い切って、両足が胴のなかに飛び込みはしまいかと疑うほど脚力をふるって跳(は)ね上った。

  幌(ほろ)を開いたランドウが横向に凱旋門(がいせんもん)を通り抜けようとする中に――いた――いた。例の黒い顔が湧(わ)き返る声に囲まれて過去の紀念のごとく華(はな)やかなる群衆の中に点じ出されていた。将軍を迎えた儀仗兵(ぎじょうへい)の馬が万歳の声に驚ろいて前足を高くあげて人込の中にそれようとするのが見えた。将軍の馬車の上に紫の旗が一流れ颯(さっ)となびくのが見えた。新橋へ曲る角の三階の宿屋の窓から藤鼠(ふじねずみ)の着物をきた女が白いハンケチを振るのが見えた。

  見えたと思うより早く余が足はまた停車場の床(ゆか)の上に着いた。すべてが一瞬間の作用である。ぱっと射る稲妻の飽(あ)くまで明るく物を照らした後(あと)が常よりは暗く見えるように余は茫然(ぼうぜん)として地に下りた。

  将軍の去ったあとは群衆も自(おのず)から乱れて今までのように静粛ではない。列を作った同勢の一角(いっかく)が崩(くず)れると、堅い黒山が一度に動き出して濃い所がだんだん薄くなる。気早(きばや)な連中はもう引き揚げると見える。ところへ将軍と共に汽車を下りた兵士が三々五々隊を組んで場内から出てくる。服地の色は褪(さ)めて、ゲートルの代りには黄な羅紗(らしゃ)を畳んでぐるぐると脛(すね)へ巻きつけている。いずれもあらん限りの髯(ひげ)を生(は)やして、出来るだけ色を黒くしている。これらも戦争の片破(かたわ)れである。大和魂(やまとだましい)を鋳(い)固(かた)めた製作品である。実業家も入(い)らぬ、新聞屋も入らぬ、芸妓(げいしゃ)も入らぬ、余のごとき書物と睨(にら)めくらをしているものは無論入らぬ。ただこの髯茫々(ぼうぼう)として、むさくるしき事乞食(こつじき)を去る遠からざる紀念物のみはなくて叶(かな)わぬ。彼らは日本の精神を代表するのみならず、広く人類一般の精神を代表している。人類の精神は算盤(そろばん)で弾(はじ)けず、三味線に乗らず、三頁(ページ)にも書けず、百科全書中にも見当らぬ。ただこの兵士らの色の黒い、みすぼらしいところに髣髴(ほうふつ)として揺曳(ようえい)している。出山(しゅっせん)の釈迦(しゃか)はコスメチックを塗ってはおらん。金の指輪も穿(は)めておらん。芥溜(ごみだめ)から拾い上げた雑巾(ぞうきん)をつぎ合せたようなもの一枚を羽織っているばかりじゃ。それすら全身を掩(おお)うには足らん。胸のあたりは北風の吹き抜けで、肋骨(ろっこつ)の枚数は自由に読めるくらいだ。この釈迦が尊(たっと)ければこの兵士も尊(たっ)といと云わねばならぬ。昔(むか)し元寇(げんこう)の役(えき)に時宗(ときむね)が仏光国師(ぶっこうこくし)に謁(えっ)した時、国師は何と云うた。威(い)を振(ふる)って驀地(ばくち)に進めと吼(ほ)えたのみである。このむさくろしき兵士らは仏光国師の熱喝(ねっかつ)を喫(きっ)した訳でもなかろうが驀地に進むと云う禅機(ぜんき)において時宗と古今(ここん)その揆(き)を一(いつ)にしている。彼らは驀地に進み了して曠如(こうじょ)と吾家(わがや)に帰り来りたる英霊漢である。天上を行き天下(てんげ)を行き、行き尽してやまざる底(てい)の気魄(きはく)が吾人の尊敬に価(あたい)せざる以上は八荒(はっこう)の中(うち)に尊敬すべきものは微塵(みじん)ほどもない。黒い顔! 中には日本に籍があるのかと怪まれるくらい黒いのがいる。――刈り込まざる髯! 棕櫚箒(しゅろぼうき)を砧(きぬた)で打ったような髯――この気魄(きはく)は這裏(しゃり)に磅※(ほうはく)として蟠(わだか)まり※瀁(こうよう)として漲(みなぎ)っている。

  兵士の一隊が出てくるたびに公衆は万歳を唱(とな)えてやる。彼らのあるものは例の黒い顔に笑(えみ)を湛(たた)えて嬉(うれ)し気(げ)に通り過ぎる。あるものは傍目(わきめ)もふらずのそのそと行く。歓迎とはいかなる者ぞと不審気に見える顔もたまには見える。またある者は自己の歓迎旗の下に立って揚々(ようよう)と後(おく)れて出る同輩を眺(なが)めている。あるいは石段を下(くだ)るや否(いな)や迎(むかえ)のものに擁(よう)せられて、あまりの不意撃(ふいうち)に挨拶さえも忘れて誰彼の容赦なく握手の礼を施こしている。出征中に満洲で覚えたのであろう。

  その中に――これがはからずもこの話をかく動機になったのであるが――年の頃二十八九の軍曹が一人いた。顔は他の先生方と異(こと)なるところなく黒い、髯(ひげ)も延びるだけ延ばしておそらくは去年から持ち越したものと思われるが目鼻立ちはほかの連中とは比較にならぬほど立派である。のみならず亡友浩(こう)さんと兄弟と見違えるまでよく似ている。実はこの男がただ一人石段を下りて出た時ははっと思って馳(か)け寄ろうとしたくらいであった。しかし浩さんは下士官ではない。志願兵から出身した歩兵中尉である。しかも故歩兵中尉で今では白山の御寺に一年余(よ)も厄介(やっかい)になっている。だからいくら浩さんだと思いたくっても思えるはずがない。ただ人情は妙なものでこの軍曹が浩さんの代りに旅順で戦死して、浩さんがこの軍曹の代りに無事で還(かえ)って来たらさぞ結構であろう。御母(おっか)さんも定めし喜ばれるであろうと、露見(ろけん)する気づかいがないものだから勝手な事を考えながら眺(なが)めていた。軍曹も何か物足らぬと見えてしきりにあたりを見廻している。ほかのもののように足早に新橋の方へ立ち去る景色(けしき)もない。何を探(さ)がしているのだろう、もしや東京のものでなくて様子が分らんのなら教えて遣(や)りたいと思ってなお目を放さずに打ち守っていると、どこをどう潜(くぐ)り抜けたものやら、六十ばかりの婆さんが飛んで出て、いきなり軍曹の袖(そで)にぶら下がった。軍曹は中肉ではあるが背(せい)は普通よりたしかに二寸は高い。これに反して婆さんは人並はずれて丈(たけ)が低い上に年のせいで腰が少々曲っているから、抱き着いたとも寄り添うたとも形容は出来ぬ。もし余が脳中にある和漢の字句を傾けて、その中(うち)からこのありさまを叙するに最も適当なる詞(ことば)を探したなら必ずぶら下がる[#「ぶら下がる」に傍点]が当選するにきまっている。この時軍曹は紛失物が見当ったと云う風で上から婆さんを見下(みおろ)す。婆さんはやっと迷児(まいご)を見つけたと云う体(てい)で下から軍曹を見上げる。やがて軍曹はあるき出す。婆さんもあるき出す。やはりぶらさがったままである。近辺(きんぺん)に立つ見物人は万歳万歳と両人(ふたり)を囃(はや)したてる。婆さんは万歳などには毫(ごう)も耳を借す景色はない。ぶら下がったぎり軍曹の顔を下から見上げたまま吾が子に引き摺(ず)られて行く。冷飯草履(ひやめしぞうり)と鋲(びょう)を打った兵隊靴が入り乱れ、もつれ合って、うねりくねって新橋の方へ遠(とおざ)かって行く。余は浩さんの事を思い出して悵然(ちょうぜん)と草履(ぞうり)と靴の影を見送った。

  二

  浩(こう)さん! 浩さんは去年の十一月旅順で戦死した。二十六日は風の強く吹く日であったそうだ。遼東(りょうとう)の大野(たいや)を吹きめぐって、黒い日を海に吹き落そうとする野分(のわき)の中に、松樹山(しょうじゅざん)の突撃は予定のごとく行われた。時は午後一時である。掩護(えんご)のために味方の打ち出した大砲が敵塁の左突角(ひだりとっかく)に中(あた)って五丈ほどの砂煙(すなけむ)りを捲(ま)き上げたのを相図に、散兵壕(さんぺいごう)から飛び出した兵士の数は幾百か知らぬ。蟻(あり)の穴を蹴返(けかえ)したごとくに散り散りに乱れて前面の傾斜を攀(よ)じ登る。見渡す山腹は敵の敷いた鉄条網で足を容(い)るる余地もない。ところを梯子(はしご)を担(にな)い土嚢(どのう)を背負(しょ)って区々(まちまち)に通り抜ける。工兵の切り開いた二間に足らぬ路は、先を争う者のために奪われて、後(あと)より詰めかくる人の勢に波を打つ。こちらから眺(なが)めるとただ一筋の黒い河が山を裂いて流れるように見える。その黒い中に敵の弾丸は容赦なく落ちかかって、すべてが消え失せたと思うくらい濃(こ)い煙が立ち揚(あが)る。怒(いか)る野分は横さまに煙りを千切(ちぎ)って遥(はる)かの空に攫(さら)って行く。あとには依然として黒い者が簇然(そうぜん)と蠢(うご)めいている。この蠢めいているもののうちに浩さんがいる。

  火桶(ひおけ)を中に浩さんと話をするときには浩さんは大きな男である。色の浅黒い髭(ひげ)の濃い立派な男である。浩さんが口を開いて興に乗った話をするときは、相手の頭の中には浩さんのほか何もない。今日(きょう)の事も忘れ明日(あす)の事も忘れ聴(き)き惚(ほ)れている自分の事も忘れて浩さんだけになってしまう。浩さんはかように偉大な男である。どこへ出しても浩さんなら大丈夫、人の目に着くにきまっていると思っていた。だから蠢めいているなどと云う下等な動詞は浩さんに対して用いたくない。ないが仕方がない。現に蠢めいている。鍬(くわ)の先に掘(ほ)り崩(くず)された蟻群(ぎぐん)の一匹のごとく蠢めいている。杓(ひしゃく)の水を喰(くら)った蜘蛛(くも)の子のごとく蠢めいている。いかなる人間もこうなると駄目だ。大いなる山、大いなる空、千里を馳(か)け抜ける野分、八方を包む煙り、鋳鉄(しゅてつ)の咽喉(のんど)から吼(ほ)えて飛ぶ丸(たま)――これらの前にはいかなる偉人も偉人として認められぬ。俵に詰めた大豆(だいず)の一粒のごとく無意味に見える。嗚呼(ああ)浩さん! 一体どこで何をしているのだ? 早く平生の浩さんになって一番露助(ろすけ)を驚かしたらよかろう。

  黒くむらがる者は丸(たま)を浴びるたびにぱっと消える。消えたかと思うと吹き散る煙の中に動いている。消えたり動いたりしているうちに、蛇(へび)の塀(へい)をわたるように頭から尾まで波を打ってしかも全体が全体としてだんだん上へ上へと登って行く、もう敵塁だ。浩さん真先に乗り込まなければいけない。煙の絶間から見ると黒い頭の上に旗らしいものが靡(なび)いている。風の強いためか、押し返されるせいか、真直ぐに立ったと思うと寝る。落ちたのかと驚ろくとまた高くあがる。するとまた斜(なな)めに仆(たお)れかかる。浩さんだ、浩さんだ。浩さんに相違ない。多人数(たにんず)集まって揉(も)みに揉んで騒いでいる中にもし一人でも人の目につくものがあれば浩さんに違ない。自分の妻は天下の美人である。この天下の美人が晴れの席へ出て隣りの奥様と撰(えら)ぶところなくいっこう目立たぬのは不平な者だ。己(おの)れの子が己れの家庭にのさばっている間は天にも地にも懸替(かけがえ)のない若旦那である。この若旦那が制服を着けて学校へ出ると、向うの小間物屋のせがれと席を列(なら)べて、しかもその間に少しも懸隔のないように見えるのはちょっと物足らぬ感じがするだろう。余の浩さんにおけるもその通り。浩さんはどこへ出しても平生の浩さんらしくなければ気が済まん。擂鉢(すりばち)の中に攪(か)き廻される里芋(さといも)のごとく紛然雑然とゴロゴロしていてはどうしても浩さんらしくない。だから、何でも構わん、旗を振ろうが、剣を翳(かざ)そうが、とにかくこの混乱のうちに少しなりとも人の注意を惹(ひ)くに足る働(はたらき)をするものを浩さんにしたい。したい段ではない。必ず浩さんにきまっている。どう間違ったって浩さんが碌々(ろくろく)として頭角をあらわさないなどと云う不見識な事は予期出来んのである。――それだからあの旗持は浩さんだ。

  黒い塊(かたま)りが敵塁の下まで来たから、もう塁壁を攀(よ)じ上(のぼ)るだろうと思ううち、たちまち長い蛇(へび)の頭はぽつりと二三寸切れてなくなった。これは不思議だ。丸(たま)を喰(くら)って斃(たお)れたとも見えない。狙撃(そげき)を避けるため地に寝たとも見えない。どうしたのだろう。すると頭の切れた蛇がまた二三寸ぷつりと消えてなくなった。これは妙だと眺(なが)めていると、順繰(じゅんぐり)に下から押し上(あが)る同勢が同じ所へ来るや否(いな)やたちまちなくなる。しかも砦(とりで)の壁には誰一人としてとりついたものがない。塹壕(ざんごう)だ。敵塁と我兵の間にはこの邪魔物があって、この邪魔物を越さぬ間は一人も敵に近(ちかづ)く事は出来んのである。彼らはえいえいと鉄条網を切り開いた急坂(きゅうはん)を登りつめた揚句(あげく)、この壕(ほり)の端(はた)まで来て一も二もなくこの深い溝(みぞ)の中に飛び込んだのである。担(にな)っている梯子(はしご)は壁に懸けるため、背負(しょ)っている土嚢(どのう)は壕を埋(うず)めるためと見えた。壕はどのくらい埋(うま)ったか分らないが、先の方から順々に飛び込んではなくなり、飛び込んではなくなってとうとう浩さんの番に来た。いよいよ浩さんだ。しっかりしなくてはいけない。 高く差し上げた旗が横に靡(なび)いて寸断寸断(ずたずた)に散るかと思うほど強く風を受けた後(のち)、旗竿(はたざお)が急に傾いて折れたなと疑う途端(とたん)に浩さんの影はたちまち見えなくなった。いよいよ飛び込んだ! 折から二竜山(にりゅうざん)の方面より打ち出した大砲が五六発、大空に鳴る烈風を劈(つんざ)いて一度に山腹に中(あた)って山の根を吹き切るばかり轟(とどろ)き渡る。迸(ほとば)しる砂煙(すなけむり)は淋(さび)しき初冬(はつふゆ)の日蔭を籠(こ)めつくして、見渡す限りに有りとある物を封じ了(おわ)る。浩さんはどうなったか分らない。気が気でない。あの煙の吹いている底だと見当をつけて一心に見守る。夕立を遠くから望むように密に蔽(おお)い重なる濃き者は、烈(はげ)しき風の捲返(まきかえ)してすくい去ろうと焦(あせ)る中に依然として凝(こ)り固って動かぬ。約二分間は眼をいくら擦(こす)っても盲目(めくら)同然どうする事も出来ない。しかしこの煙りが晴れたら――もしこの煙りが散り尽したら、きっと見えるに違ない。浩さんの旗が壕の向側(むこうがわ)に日を射返して耀(かがや)き渡って見えるに違ない。否(いな)向側を登りつくしてあの高く見える※(ひめがき)の上に翩々(へんぺん)と翻(ひるがえ)っているに違ない。ほかの人ならとにかく浩さんだから、そのくらいの事は必ずあるにきまっている。早く煙が晴れればいい。なぜ晴れんだろう。

  占(し)めた。敵塁の右の端(はじ)の突角の所が朧気(おぼろげ)に見え出した。中央の厚く築き上げた石壁(せきへき)も見え出した。しかし人影はない。はてな、もうあすこらに旗が動いているはずだが、どうしたのだろう。それでは壁の下の土手の中頃にいるに相違ない。煙は拭(ぬぐ)うがごとく一掃(ひとはき)に上から下まで漸次(ぜんじ)に晴れ渡る。浩さんはどこにも見えない。これはいけない。田螺(たにし)のように蠢(うご)めいていたほかの連中もどこにも出現せぬ様子だ。いよいよいけない。もう出るか知らん、五秒過ぎた。まだか知らん、十秒立った。五秒は十秒と変じ、十秒は二十、三十と重なっても誰一人(いちにん)の塹壕(ざんごう)から向うへ這(は)い上(あが)る者はない。ないはずである。塹壕に飛び込んだ者は向(むこう)へ渡すために飛び込んだのではない。死ぬために飛び込んだのである。彼らの足が壕底(ごうてい)に着くや否(いな)や穹窖(きゅうこう)より覘(ねらい)を定めて打ち出す機関砲は、杖(つえ)を引いて竹垣の側面を走らす時の音がして瞬(またた)く間(ま)に彼らを射殺した。殺されたものが這い上がれるはずがない。石を置いた沢庵(たくあん)のごとく積み重なって、人の眼に触れぬ坑内に横(よこた)わる者に、向(むこう)へ上がれと望むのは、望むものの無理である。横わる者だって上がりたいだろう、上りたければこそ飛び込んだのである。いくら上がりたくても、手足が利(き)かなくては上がれぬ。眼が暗(くら)んでは上がれぬ。胴に穴が開(あ)いては上がれぬ。血が通わなくなっても、脳味噌が潰(つぶ)れても、肩が飛んでも身体(からだ)が棒のように鯱張(しゃちこば)っても上がる事は出来ん。二竜山(にりゅうざん)から打出した砲煙が散じ尽した時に上がれぬばかりではない。寒い日が旅順の海に落ちて、寒い霜(しも)が旅順の山に降っても上がる事は出来ん。ステッセルが開城して二十の砲砦(ほうさい)がことごとく日本の手に帰しても上る事は出来ん。日露の講和が成就(じょうじゅ)して乃木将軍がめでたく凱旋(がいせん)しても上がる事は出来ん。百年三万六千日乾坤(けんこん)を提(ひっさ)げて迎に来ても上がる事はついにできぬ。これがこの塹壕に飛び込んだものの運命である。しかしてまた浩さんの運命である。蠢々(しゅんしゅん)として御玉杓子(おたまじゃくし)のごとく動いていたものは突然とこの底のない坑(あな)のうちに落ちて、浮世の表面から闇(やみ)の裡(うち)に消えてしまった。旗を振ろうが振るまいが、人の目につこうがつくまいがこうなって見ると変りはない。浩さんがしきりに旗を振ったところはよかったが、壕(ほり)の底では、ほかの兵士と同じように冷たくなって死んでいたそうだ。

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