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寿ければ辱多し イノチナガケレバハジオオシ
2008-10-9 14:7

  荘子は先秦(戦国時代)における最も特異な思想家のひとりである。

  彼は孔子を祖とする「儒家」の人々が強調する仁義道徳をこざかしい人間の作為として排斥し、あるがままにあること――「自然」を愛し、何ものにもとらわれることのない精神的自由の境地――「道」の世界にあこがれをよせた。しかも彼はその思想を、彼一流の風刺や皮肉や寓言に託して表現したのである。その著『荘子」の中の「天地篇」にあるこの話も、そうした彼の「寓言」の一つとして読むべきであって、むろん史実ではない。

  その昔、聖天子として聞こえの高かった堯が、華の地方に巡幸されたときのことである。その地の関守役人がうやうやしく堯の前にまかりいで、ご挨拶を申し上げた。

  「おお聖人さまよ。謹んで聖人さまの将来をお祝し致します。まずはあなた様の御寿命の幾久しくあられますように。」

  「いやいや。」

  堯は思慮深げに微笑みをたたえながら答えた。

  「わしは寿命を望もうなどとは思わぬものじゃ。」

  「ならばあなた様の御富のますます豊かにあられますように。」

  「いやいや、わしは富を増やそうなどと夢考えてはおらぬのじゃ。」

  「なればあなた様の男の御子たちが、いよいよ数多くあられますように。」

  「いやいや、それもわしの望まぬことじゃ。」

  「はてさて。」

  関守役人はいぶかしげに堯の顔をうちみやりながら訊きかえした。

  「寿命と富と男子の多いことは、誰でもの望むことでござりましょうに、あなた様だけがそれをお望みなさらぬとは、なんとしたことでござりましょう。」

  「さればさ、男子が多くあれば、中には不出来の者も出てきおって、かえって心配の種になる。富めば富むで余計の仕事が増えようし、寿ければ、辱を残さねばならぬような羽目に遭うことも多くなろうというものじゃ(寿ければ則ち辱多し)。この三事、いずれも我が身の徳を養うには無用のものといわねばならぬわい。」

  それを聞く関守役人の目にはありありと失望?軽侮のいろが現れた。

  彼は堯に聞こえよがしにこう呟いた。

  「ちぇっ、やくたいもない。堯は聖人と聞き及んでいたのに、今の言い草じゃ、たかだか君子くらいの値打ちしかない男と知れた。子供が多くともそれぞれに分相応の仕事を授けてやれば、何の心配もあるまいし、富が殖えたら殖えたで人に分け与えてやるならば、何の面倒もあるまいに。本当の聖人というものは、鶉のように棲み処を選ばず、ひなどりのように無心で食らい、鳥の飛んで跡なきがごとく自由自在であるべきもの、世間がまともであれば、皆人とともにその昌えを楽しむがよし、まともでなければ、我が身の徳を修めて隠遁するもよし、千年もの長生きをして世間がいやになったその時は、仙人となってかの白雲にうちのり上帝の郷に遊ぶもよい。病?老?死の三患に煩わされることなく、身は常に殃なしとすれば、寿くともなんで辱の多いことがあろうものか。」

  こう言い捨てて関守は踵をかえした。見事に虚をつかれた形の堯は、ハッと気を取りなおして後を追いかけ、

  「待たれい。今しばしお手前の話を承わろうではないか。」

  と声をかけたが、かの人は、

  「えい、うるさいわえ。」

  と一喝したまま後を振り返りもせずに、どこともなく姿を消した。

  荘子はこの寓言によって、「儒家」的聖人である堯と対比しつつ「道」の世界に生きる自由自在人――「道家」的聖人の姿を示唆しようとしたのである。

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