日语辅导热招
您的位置:外语教育网 > 日语 > 日语学习 > 日语读写译 > 正文

『日本の祭』

2008-08-26 11:24   来源:云南外语网       我要纠错 | 打印 | 收藏 | | |

  日本では祭というただひとつの行事を透(とお)してでないと、国の固有の信仰の古い姿と、それが変遷して、今ある状態にまでたっしている事情とは、うかがい知ることができない。現在、宗教といわれる幾つかの信仰組織、たとえば、仏教やキリスト教と比べればすぐに気づくが、われわれの信仰には経典というものがなく、またそれゆえに説教者というものもなく、平日すなわち祭でない日の伝道ということはなかった。そして古くは専門の神職も存せず、ましてや彼らの教団組織もなかった。個々の神社を取り囲んで、それぞれに多数の指導者がいたことは事実であるが、その教えは、もっぱら行為と感覚とを持って伝達せられるべきもので、常の日、常の席では、これを口にすることをはばかられていた。すなわち、年に何度かの祭に参加したものだけが、次々にその体験を新たにすべものであった。祭は、このようにして、日本人の国民信仰の、言わばただ一筋の飛石(とびいし)であり、この筋を歩んでゆくより他には、神ながらの道を究(きわ)めることはできなかったわけである。

  日本は祭のさかんな国で、年中どこかで祭があり、そしてそれは派手な賑やかなものと考えられがちである。しかし、祭は本来はもっとつつましやかなもので、村里の祭では、氏子(うじこ)たちだけが御社(やしろ)に集まって、供物(くもつ)を神にささげ、お神酒をいただくものであった。マツリとは、神のお側にいる、神に奉仕する、の意である。

  祭には必ず木を立てるということ、コレが日本の神道の古今を一貫する特徴のひとつであった。神は、本来、祭のときに空から降臨されるもので、その目じるしとして竿(さお)が立てられ、紙のシデ、麻の糸、布の類をつけ、夜にはそれを照らすように火をたいた。それ以前は、自然の高い木を選んで、神の降臨の依代(よりしろ)とした。時代が下がり、神社が建てられるようになると、神がそれに常在すると考えられるようになったが、今でも大きな祭のときに柱を立てる儀式を行う神社は、有名な諏訪神社(長野県)を始め,各地に残っている。

  日本人の昔の一日は、現在の午後六時ごろから始まった。祭の日も、夕御饌(ゆうみけ)

  から始まって、次の麻御饌(あさみけ)で完成したもので、この一夜が祭の最も大切な部分であった。祭は主として屋内で行われ、庭にはかがり火がたかれた。祭の本体は「籠(こも)る」ことであった。つまり、祭とは、神に酒食をささげておもてなしをし、紙のご様子を伺い、神の仰せを待つものである。そして、その前に次坐(じざ)した人々は、神に差し上げたものと同じ酒食を、いっしょにいただくのである。

  この飲食物は、元来は調理されたもので、極度に清潔でなければならなかった。同時に、祭に参加して共食の光栄に預かる人々も、十分に物忌み(ものいみ)または精進(しょうじん)して、少しも穢(けが)れのないものでなければならなかった。逆に言えば、物忌みあるいは精進とは、神を祭るにふさわしい状態に自分をするための、一定期間の慎しみ、である。その慎しみが足りないと、神は、祭をうけたまわないのみか、しばしば怒りたまう、と考えられた。以前は、祭に参加するすべての人々が、これを行った。今日でも、氏子全員が、祭の数日前から、昼眠り夜起きて、いっさい音を立てないように、静かにひっそりと生活する風習を伝えるところがある。しかし、今日多いのは、頭屋(とうや)だけが厳重に物忌みを守る習慣である。その守るべき行為の内容については、それぞれの地方、それぞれの神社によってさまざまである。いくつかの例を挙げれば、次のようである。

  ある地方では、頭屋の家を清浄にし、その座敷を神霊の宿る神の宿とし、その部屋には頭屋の主人しか入れない。そして他家を訪問せず、また外来者を家に入れない。あるいは毎日燈明をあげ、潮を浴びる。また、ある地方では、他家を訪問してもよいが、他家では飲まず、夫婦間の交わりや茶·煙草を断つ。

  仏教における精進ではない、一切の動物質の食物を避けるが、神道で忌むのは獣肉と血である。また、火の選択にはやかましく、穢れのある家(たとえば死者が出たばかりの家)の火を利用してはならず、いっぽう水の清浄化の性能も重視した。神前に近づくには、水で全身を清めてから出なければならない、という習慣は、今日の神社の手水鉢(ちようずばち)として形を残している。

  神をおもてなしする方式は、人が最上級の賓客(ひんきゃく)を迎える場合と、そっくりであった。最上の酒と食物——必ず海のものが含まれた——が、できるだけ清らかに並べられる。また、わが国在来の競技である相撲、綱引き、闘鶏、牛の突きあいなど、そのほとんどが神を慰めるための催しとして、祭の日に行われたのである。

  また、神楽(かぐら)については、これはもともと踊りではなく、はじめに神に対する?語りごと?があって、それにつれて第二次的にジェスチュアが発生したもの、と考えられる。舞の始源は、人々が神をたたえ、?必要な場合には、いつでも出現されて、尊い啓示を賜ることを、一同少しも疑っておりませぬ?という意味のことを、熱心に繰り返し語っているうちに、恍惚(こうこつ)として、彼らが人か神かの境に没入していったものである。毎年の祭の機会として、神の御心を和(なご)め、いよいよその幸いを垂れたまうことを期するには、ただ抽象的に神徳の高いことを讃(たた)えるだけでは足りない。人々は、神に向かって、神のご機嫌の最もうるわしいと思うときを測って、最も慎み深い言葉でもって、次のように述べることを許されていた。?あなたは大昔、こういうことをなされたというではありませんか、こういう言い伝えを手前どもは記憶しております。?そしてさらに?こういう願いを、あなたならばお聞き届けくださる、それがわれわれの遠い祖先との堅いお約束であったと心得ております。?そうして、それらを申し述べているうちに、感きわまって舞ういたったのである。

  能には、このような「語りごと」と舞との関係が、痕跡として残っている。また、現在の村の神楽で、ひとつところをぐるぐる廻ったりするのも、その名残と考えられるが、人々はこれをたんなる型と考えて、その意味は忘れられている。神と人間の間は、昔ほどより近く、また祭の形式全体も、昔は今よりいちだんと、神をあたかも貴賓(きひん)を款待(かんたい)するかのように人々は振舞っていたのである。

  日本の祭が、古代から今日まで、どのように変化してきたかを考えるばあい、最も重要な変わり目は、一言でいうなら、見物という群の発生であったろう。すなわち、祭の参加者の中に、いわばただ審美的の立場から、この行事を眺める者のあらわれたことである。

  それが人びとの生活を花やかに彩り(いろどり)もしたが、同時に神社を中核とす信仰の統一にひびを入らせ、村に住みながらも祭はただ眺めるものという気風も生んだ。この気風は、むろん最近にはじまったことではなく、明治時代以前からも村里の生活に浸潤していた。農民たちは、村の経済の豊かなときには、この「見られる祭」を美しくようと心がけつつ、一方、神様と祖先以来の約束を捨て去りはしなかった。このようにして新旧の儀式のいろいろの組み合わせが、祭というひとつのなをもって呼ばれるようになったのである。

  「解説」

  日本は祭の盛んな国で、年中どこかで祭を行っている。その行事は多種多様で、全国の重要な祭の数でも五万に達するといわれる。著者は多種多様な祭を構成する共通の原因は

  何かを見出そうとする。著者が挙げているのは次の五つである。すなわち⑴祭場、⑵祭儀を司る(つかさど)家、⑶祭の中心をなす神事(供物を捧げること、神楽、神が神社からお旅所に行く神幸の行列など)、⑷神への供えもの、そして⑸季節と関連した祭日――春秋祭は豊作の祈願と収穫への感謝、夏の祭はたいてい疫病や水害をはらう都会的な祭、そして冬の祭は冬至を中心とした忌(いみ)祭(さい)で、御火(おひ)焼き(やき)をするところが多い。著者はまた、祭の由来を明らかにしようと試み、そこで今日では軽視されがちな物忌みについても、これを重視して説いている。

  柳田(やなぎた)国男(くにお)(一八七五―― 一九六二)は、東京帝国大学を卒業後、農商務省につとめ、同時青年時代には文学者たちと交わり、みずからも詩を書き、外国文学を紹介したりした。三十歳のころから、日本の各地を旅行し、産業組合の普及に力を入れ、やがて民俗学の研究へと進んだ。雑誌「民族」を発行、「民間伝承の会」(日本民俗学会の前身)を主宰(しゅさい)し、それによって在野の人々を組織し、日本民俗学の基礎をきずくのに大きな影響をおよぼした。民俗学関係の著書は、優に百冊を越える。

  上一篇:  中国明星简介:李亚鹏

  下一篇:  『地獄の思想』

相关资讯:
网站导航:
 四六级 指南 动态 经验 试题 资料  托福 指南 动态 经验 留学 备考
 雅思 指南 动态 机经 经验 辅导  公共英语 指南 动态 备考 试题 辅导
 日语 就业 辅导 留学 考试 报考  法语 资料 文化 考试 留学 辅导
 韩语 入门 口语 阅读 留学 文化  西语 辅导 资料 考试 留学 风采
日语0-N2 级直通车 系统讲解考点,轻松应对考试
课时数:20课时
日本语能力测试N1 解读命题特点,稳步提升能力
课时数:20课时
日本语能力测试N2 解题命题精髓,成功征服考试
课时数:15课时
日本语能力测试N3 揭秘答题技巧,直达高分成绩
课时数:15课时
日本语能力测试N4 剖析做题技巧,全面提升能力
课时数:6课时
日本语能力测试N5 提炼考试精华,逐步精通日语
课时数:3课时
学员 ajgoq12:
我参加了外语教育网日本语能力测试N1考试辅导课程,很喜欢李菲菲老师的讲课风格。老师授课重点突出,注重日语学习能力的培养,让我受益良多。即将参加考试了,我一定会考出好的成绩。再一次感谢老师,感谢网校!
学员 iehkfn584:
外语教育网日语能力测试网上辅导的李菲菲老师讲得真好,真得很感谢老师。还有网站的高清课件和移动课堂真棒,课程播放流畅,画面清晰,能够随时学习,功能太强大了!
学员 kaku1:
刚上课时觉得课程很多,不知不觉间3个月课就上完了,果然时光易逝啊。这一段时间向李菲菲老师学习了不少东西,从而让我对日语有了更深的了解和体会。虽然课程结束了,但是学习是一辈子的事情。我会继续努力的~~大家也一起加油吧!
学员 yaba1:
一直想找一个学习日语的网校,可以反复听课,因为我不想学哑巴日语。外语网的老师讲得非常好,我很喜欢,打算一直学下去!
学员 liff1:
超喜欢李菲菲老师的日语课!语言简洁流畅不赘述,而且能把枯燥的课程讲得很生动。
学员 lsakld:
日语零起点是我在网校学习的第一个辅导班,以前就知道外语教育网,但当自己真的成为网校学员时,感觉非常好。通过学习类延云老师的课程,为自己打牢了日语基础。以后我会继续在网校学习,为出国做准备。
学员 984jkfjdslhk:
从学习日语零起点,到实用日语,再到新标准日本语,感谢外语教育网一路的陪伴,现在的我已经可以流利地用日语交流了。对于上班族和妈妈级的人来说,网校无疑是最好的学习场所,向各位学友推荐。我要大声说:网校太棒了!
学员 xwpae:
外语教育网课程真得很棒,老师讲得也很好。新标日是很经典的教材,是考试必学的内容,大家都来网校学习一下吧!
学员 xiepam:
眼看着能力考报名就要结束了,一直犹豫要不要报名,今天早上终于下定决心,准备参加今年的考试。N3虽然级别不高,但是,对于我来说已经很有难度了。听了外语教育网的课程,感觉自己能够跟上老师的讲课节奏,日语水平也得到了很大提高。希望今年夏天可以通过考试!
学员 hhaiwp:
是不是因为春天来了,所以漫画家都开始活跃起来,最近的新番真的很多,很喜欢看啊!距离7月份的能力考还有3个月,给自己加油!最亲爱的外语教育网老师,这段时间就要お愿いします!ガンバれ!
版权声明
   1、凡本网注明 “来源:外语教育网”的所有作品,版权均属外语教育网所有,未经本网授权不得转载、链接、转贴或以其他方式使用;已经本网授权的,应在授权范围内使用,且必须注明“来源:外语教育网”。违反上述声明者,本网将追究其法律责任。
  2、本网部分资料为网上搜集转载,均尽力标明作者和出处。对于本网刊载作品涉及版权等问题的,请作者与本网站联系,本网站核实确认后会尽快予以处理。
  本网转载之作品,并不意味着认同该作品的观点或真实性。如其他媒体、网站或个人转载使用,请与著作权人联系,并自负法律责任。
  3、本网站欢迎积极投稿
  4、联系方式:
编辑信箱:for68@chinaacc.com
电话:010-82319999-2371