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『ことばと文化』

2008-08-26 11:33   来源:云南外语网       我要纠错 | 打印 | 收藏 | | |

  人びとが異なった文化に接するとき、限られた範囲の体験を、とかく一般化するあやまちを犯しやすい。しかも、その一般化は、かならず自分の文化の構造に従って行われ、そこからさまさまな誤解が生まれる。

  言葉についていえば、たとえば英語のdrinkはふつう日本語の nomuに対応する。しかし、日本語のこの動詞は、水、茶、コーヒーばかりでなく、粉薬を“のむ(swallow)”ときも、煙草を“のむ(smoke)”ときにも用いられる。英語のdrinkは「人間の体を維持するに役立つような液体を、口を通して体内に取り入れる行為」と定義できる。それに対して「のむ」は「何ものかを、口を通して、噛まずに、体内に取り入れる行為」と説明できる。このような微妙なちがいは、気づかれることが少なく、したがって理解することがむつかしい。

  文化にはovert culture(見える文化)と言われるものと、covert culture(隠された文化)と呼ばれるものがある。たとえば食事のとき日本人は箸を使い、西洋人はスプーン、ナイフ、フォークを使う。このような現象は、overt cultureである。いっぽう今日の日本人も、しばしばスプーンやフォークを使うが、スプーンの使い方は西欧人とは微妙にちがう。日本人は、スプーンを両肩の線に平行に使って吸うが、西欧人はスプーンの線を両肩の線に直角にちかく近づけ、その先端から飲む。吸うというより流し込むようにする。このようなちがいは、covert cultureに属する。文化というものは、このように、当の 本人が自覚しない、無数の細かい習慣の堆積から成り立っている。このかくれた部分に気づくことこそ、異文化理解の鍵である。「彼はループを飲んだ」その言葉によってあらわされる現実の動作は、文化が異ればそれに伴って違う。言葉によって概念化され得る現実の部分は、このようにつねに氷山の水面にあらわれた部分のみである。

  ヨーロッパの多くの言語では話し手とその相手を示すことばに関するしくみは大同小異で、一人称代名詞、二人称代名詞と称される。しかし日本語では人称代名詞という用語で「わたくし」「ぼく」(I)「あなた」「きみ」(you)などを説明できない。それ以前に、日本人は、むしろできるだけこれらを使わず、何か別のことばで会話を進めていこうとする傾向が明瞭である。自分を示すときも相手をさすときも、いわゆる代名詞より、親族関係、地位関係、場所関係を示すことばが多用される。職業名もしばしば相手または第三者を指すために用いられる。

  インド·ヨーロッパ系言語では、一人称代名詞同一のことばが何千年にわたってずっと一貫して用いられている。二人称代名詞の歴史はやや複雑だが、《tu》系統の語が残っているものに限れば、ことばの同一性が何千年も続いているといえる。それに比べると日本語の人称代名詞の生命の短さは対照的である。現代標準語のいわゆる一人称代名詞である「わたくし」「ぼく」などは古代日本語にさかのぼることができないばかりか、「ぼく」などは、口語における使用はわずか百年あまり前に始まったにすぎない。相手をさす「きみ」「おまえ」「あなた」「きさま」なども、人称代名詞としては古代までさかのぼることができない。日本語では有史以来、自分を指す代名詞と相手をさす代名詞は目まぐるしいほど変化しており、新しく使われるようになることばは、常にもとは何か具体的な意味をもっていた実質詞からの転用であった。その変化のパターンには、明らかな共通点がある。自称代名詞はどれも、新しく使用されはじめたときは相手に対して自分を卑下する意味をもっていた。そして長く使用されると、段々と自分が相手に対して尊大にかまえる気分をあらわすようになり、ついには相手を見くだす時にだけ使えることばに変化し、一般の使用から脱落していった。江戸時代に主として漢文の中で使われた「あなたのしもべ」を意味する“僕”が、明治時代に口語として広まり、現在では目上の人に対するときや、改まった場合には使わない方がよいことばとなっているのは、その典型である。逆に、対称詞では、自称詞と正反対の変化が生じている。「貴様(きさま)」は相手を尊敬することばであったのだが、次第に相手を低くみることばとなり、ついに相手を罵りいやしめるか、きわめて親しい交友関係にのみ許されるぞんざいなものになってしまった。

  今、かりに四十歳の小学校の先生をモデルに自称詞、対称詞を調べると、自称詞は七種、対称詞はあなた、きみ、おまえなどの代名詞のほか、先生、おとうさん、にいさん、ぼうや、その他があった。こういう例をいくつか調べると、そこにかなり整然とした規則が発見できる。この規則性を基本的に支えているのは目上(めうえ)、目下(めした)という対象概念である。

  また、日本人の対話は、たとえそれが社会的なコンテクストのものでも、究極的には親族間の対話のパターンを拡大したものとみなすことができる。そして同時に、親族名称の虚構的用法が特に発達している(例:子供は近所の大人に対してオジサンと呼ぶ)。呼びかけのみならず、他人に対して自分自身をも親族名称を使って示すことができる(例:大人は子供にむかって、自己をわたしと表現するより、オジサンという)。

  ふつう親族名称は自己中心語であり、ある者と親族関係にあるいろいろな人の異った立場によって同一物が異った名称で呼ばれる。しかし日本語の対話の中で使われる親族名称は、しばしば自己中心語としてではなく、きわめて特殊な使われ方をする。たとえば、ある祖母は自分の娘に子があるばあい、自分の娘をママと呼ぶことができる。妻は自分の夫を、子のあるばあいはお父さんと呼ぶ。前者では祖母が孫の、後者では妻が子の立場または視点に立ち、共感的同一化をしているのである。

  結婚した当座は互いに名詞で呼びあてっも、子供ができるとお互いの呼称はパパ、ママになってしまう。日本の夫婦はほとんど明示的な愛情表現をしないし、サッカリン.ターム(甘い言葉)も持っていない。彼らにとって結婚状態とは、たえず相互の愛情を確認しながら保持していくダイナミックで契約的な人間関係ではなく、むしろ否定や解消が原理的に不可能な親子関係という静止的で不変な関係、それ自体すでに与えられた人間関係として把握されている。そして深層心理における不安定感は、子供の誕生によって安定し、彼らの地球は子供を中心として廻りはじめる。

  一人称代名詞の機能は、自分が話し手であることを、言葉で明示することである。インド.ヨーロッパ語では、話し手の言語による自己規定が、相手や周囲の状況とは無関係に、自発的·独立的になされる。まず。“Ⅰ”があって、そして相手が規定される。日本語では逆に、相手の規定が自己規定に先行する.相手をまず息子、同僚、先輩などと規定し、それからそれに対応する自称がきまる。だから、日本人は、未知の人に対しては、相手の正体(隣人か、彼の属する会社のエライひとか、学校の後輩か、親戚か)が解るまでは、言語的にもいわば座標軸未決定の不安定の状態におかれる。ここから、日本人が未知の他人と気安く言葉を交すことを好まないという行動様式がみちびかれる。そして、このような対象依存型の自己規定は、同時に自己を対象の中に没入させ、自他の区別の超克をはかる傾向がつよいという特殊な心情を生む。自己の主張を明らかにするよりも、相手の気持ち、他人の考えを素早く願慮する。他人が意見なり願望なりを言語で明確に表現しないうちにいちはやくそれを察知して、自分の行動をそれに合わせようとする。このような個と個の融合をはかる顕著な傾向が生まれた原因は、むろん日本人があまりにも同質的なひとつの文化のなかで生きてきた結果である。

  「解説」

  この本の中で。著者は、まず日本語をインド、ヨーロッパ系の原語、特に英語と比較しながら、文化の違いによって言葉の構造も違い、対応すると思われる単語ですら表すものやその範囲が違っていることを、多くのわかりやすい具体的な例によって示す。言語学者である筆者によれば、ものは人間にとってものそれ自体として存在するのではなく。人間が言葉を与えることによってものを存在させているのである。この双方から、筆者はさらに読者を[言葉とは何か]という言葉論のなかに招待する、その招待は、抽象的·哲学的な議論ではなく、新鮮で興味深い実例が豊富に用意されている。読者は、これまで見過ごしていた角度から、言葉というものの意味.機能などを理解することになるだろう。

  最後の[人を表すことばは]と題される章は、本章の中で量的にもっとも長く、内容的にもっとも注目すべき章である。そこでは日本語の自称詞、他称詞が論じられている。日本語における自称詞、他称詞およびその使用法には、インド·ヨーロッパ系言語におけるそれと比べて,きわだった特徴がある。ここに紹介したのは、その一部に過ぎない。言葉の特徴と言われるものは、他の言語との比較によって初めて可能なことで、ある言語の機能の合理性や価値を計る尺度は、その言語の属する文化の中にしかない。言葉は、その文化の重要な一部であって、この一章を理解した読者は、日本人の心理や行動様式を、内側から多く理解したことになるだろう。

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