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天声人语08年09月20日
2008-9-25 14:16

日本毒米案致高官辞职

  朝日俳壇にあった久世幸子さんの〈煮て焼いて漬けてまだまだ茄子(なす)の花〉に、思わず微笑した。筆者もこの夏、畑を借りて耕し、とれたナスを日々堪能した。実に丈夫に、次から次へと実が太る。

  看到朝日俳坛久世幸子女士的一句“煮之、烧之、腌制之,茄儿花开依旧”,我不禁莞尔。今年夏天,我也曾租田种过(茄子)。日日采之,很是满足。(这全要得益于,)它着实很好种,茬茬相接、果实不断。

  ほかにもトマトやインゲンなど7種類を植えた。収穫したらそのまま食卓へ。流通経路は単純素朴だ。「生産者の顔」が見たければ、鏡をのぞけばいい。農薬を使っていないのは承知だから安心できる。究極の地産地消だろう。

  我一共种了七种蔬菜,除了茄子,还有西红柿和扁豆等。采下来后就直接放到餐桌上。流通途径简单质朴。倘若想看看“生产者的模样”,只要照照镜子就行啦。因为知道没有施用农药,所以能够很放心。这是最纯粹的自产自销吧。

  そうした素朴さから、あの汚染米の流通経路は程遠かった。仲介業者が入り乱れる複雑さには驚くばかりだ。だました側なのか、だまされた側なのかも分かりにくい。あげくに、まじめな商いをしていた「被害者」が実名公表で泣かされた。

  可那些被污染了的大米的流通途径可与这份质朴相去甚远。面对中介者的入市搅局所带来的复杂性,我们除了吃惊还是吃惊。很难辨清谁是骗者,谁是被骗者。最终以公布实名,长久诚信经营的“受害者”泪洒衣衫而告终。

  そのさまを、農業を営む民俗研究家の結城登美雄さんが、「食べ物を生み出す場所から見ていると、ずいぶん遠いところで起きた事件」に思えると本紙で述べていた。生産者と消費者を隔てる経済の仕組みへの、一つの警鐘と感じつつ拝読した。

  针对此事,经营农业的民俗研究家結城登美雄先生借本报谈出了自己的想法:“从食品产出地望去,本次事件的发生地距离他们有十万八千里”。读后令我感到,这是给将生产者与消费者隔开的经济模式敲了一记警钟。

  外米ならずとも、農家と食卓の間では多くの人と伝票が動く。消費者はいつしか、生産の場から遠いところで「食べる人」を決め込んでいたのではないか。ささやかな野菜作りの体験をへて、ちくりと反省が胸を刺す。

  即便不是进口米,但农民与餐桌间还是穿梭着很多人和发票。消费者在不知不觉间就已经以远离产出地的“食客”而自居了,不是吗?!借一番微不足道的烧菜经历而得来的反省,刺得我胸口发痛。

  汚染米問題はきのう、太田農水相の辞任へと展開した。反省ゆえか、投げ出しか、それとも選挙前の厄介払いなのか。ナスの花はよく実を結び 「千に一つも仇はない」と言う。それに比べてこの役所の「あだ花大臣」の続出には、怒りを通り越して情けない。

  污染米的问题昨天发展到了农林水产部长太田辞职的地步。是源于反省?还是豁出去了?亦或是选举前的甩包袱?有句话说:茄花果常结,“无一早凋谢”。对比此话,我们对政府的“昙花大臣”频出已经从愤怒变为了可怜。

  1.茄子の花は千に一つも仇はない:親の言葉と茄子の花は千に一つの無駄もない親の教訓というものは、茄子の花には徒花(あだばな)が極めて少ないように、千に一つも無駄がない。徒花が少ないというのは、だいたい間違いなく実を結ぶということで、意見(小言)は殆どが子の為になるものであるということ。 類:●親の意見と冷酒は後で効く

  2.あだ花:
  (1)外見ははなやかでも実質を伴わないもののたとえにもいう。
  (2)咲いてすぐ散る、はかない花。特に、桜の花。

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